大島紬の歴史

泥染めHP

 

深みのある渋い色合いと、精緻な絣。大島紬は、奄美の風土と職人たちの技術が長い年月をかけて磨き上げた、ユニークな織物です。起源は1300年前とも言われており、ペルシャ絨毯やフランスのゴブラン織りと並び、世界三大織物に数えられています。1975年(昭和50年)には、経済産業大臣が指定する「伝統的工芸品」のひとつとして認定されました。

もともと養蚕に適した奄美では、古くから絹織物が生産されていたようです。当初は日本各地でも見られる草木染めと同じように、奄美に自生するテーチ木(シャリンバイ)などの植物を使って染めた手紬の糸が使われていました。島の人々は自分たちが着るために生地を織り、その柔らかさや美しさを楽しんでいました。

「大和世(やまとんゆ)」と呼ばれる江戸幕府支配の時代になると、この奄美独自の絹織物は貴重品として注目されるようになります。そして1720年(享保5年)頃、薩摩藩へ献上する貢物に選ばれると同時に「紬着用禁止令」が発令され、島の人々は大島紬に袖を通すことができなくなってしまったのです。この時、島の女性が持っていた紬を水田に隠すと美しい黒褐色に染まった、という伝説が残っています。

時代が明治へと移り、大島紬が商品として流通し始めると、この「泥染め」の手法が広く取り入れられるようになりました。絹糸をテーチ木から取った染料で染めたあと、泥田に浸して染めるという工程を何度も繰り返すことで、泥に含まれる鉄分とテーチ木のタンニンが反応し、化学染料では出すことのできない深く自然な黒褐色に染め上げることができるのです。

奄美特有の泥の粒子は非常に細かい上に、角がない丸い形をしているため、糸を傷めることはありません。また、泥の粒子が付着することにより、保温性も高まります。大島紬は、奄美でなければ生み出すことのできない、極めて稀少な織物なのです。